気が向くと、以前からファンである美術家・田窪恭治さんの動向をネットで検索するのですが、また作品を見るチャンスを逃してしまったことを知り、愕然としています。
金刀比羅宮 「田窪恭治 椿を描く。」
現在、田窪さんが文化顧問を務めている金刀比羅宮で、椿の障壁画の公開制作が先々月9月の一ヶ月間行われていたのだそうです。あー、見逃してしまった、悔しーーーい!
田窪さんを知ったきっかけや思いは、以前、講演会に行った時のDiaryに書いたので、再掲します。
林檎の礼拝堂 2002年2月2日(土)
人生に影響を及ぼすような出会いは、そうあるものではない。にも関わらず、今日、私は長年遠くから憧れていた人と会うことができた。美術家・田窪恭治氏である。
田窪さんは、10年の歳月をかけて、フランス・ノルマンディーの小さな村で朽ち果てかけていたサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂を現代美術作品として再生させた方だ。日本-フランスを結んだ国際メセナ活動として話題になり、TVや新聞などでずいぶん紹介されたし、本も出版されているので、ご存知の方も多いことだろう。
TAKUBOプロジェクトを知ったきっかけは、以前、仕事でお世話になっていたアートディレクターの方が実は田窪さんの長年の親友だったことだ。たまたま世間話をしていた時に、夏休みの過ごし方を話題にしたのがことの始まり。元々写真家だったこのアートディレクターさんは、夏休みごとにフランスに通い、紆余曲折を経て芸術作品に再生されていく礼拝堂や田窪さんの仕事ぶりを写真として記録していたのだった。(彼の写真は『林檎の礼拝堂』(田窪恭治 集英社 1998年)で見ることができる。)
私が知った1996年夏には、メセナ活動としてのプロジェクトは既に終了していたが、その報告を兼ねて行われた展覧会は見に行くことができた。その時に受けた衝撃、印象の記憶は、今も鮮明に残っている。うまく表現は出来ないが、田窪さんの仕事と生き方を知ったことが、その後の私に影響したのは間違いない。初めて知ってから5年を経て、今日、講演を聞くという形ではあったが、その人と会うことができたのは予想外だったし、サインをもらう時に少し言葉を交わせたのは大きな喜びだった。
田窪さんは’99年に帰国し、今は香川県で琴平山再生プロジェクトを手がけているそうだ。今後も憧れの人として、動向を見守りたいと思っている。
田窪さんにしても、水墨画家・王子江(おう・すこう)さんにしても、同時代の天才美術家を間近に知ることが出来るというのは、本当に得難いことです。
私自身は絵を描いたりはしませんが、表現者として、美術家の生き方にはとても共感を持つし、魅かれます。
私も含め、すべての人はArt of Living(生きることのアート)を実践しているアーティストです。私が彼らに魅かれるのは、私もまた人生のアーティストだからかもしれません。「アート・オブ・ラヴィングタッチ」、「アート・オブ・リーディング」というユニオミスティオイルのワークショップをリードする、というのもArt of Livingの実践の一つなのです。
田窪さんについては、SNSのコミュに入ったことだし、もう少し真面目なファンになろうと思います。そして、次のチャンスは逃さないぞー!

林檎の礼拝堂

表現の現場―マチス、北斎、そしてタクボ
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